岸田首相に言葉のセンスはない?!

空疎な言葉と言行不一致は不信をもたらす。政治家のそれは政治不信の温床となる。ただでさえ政治家はウソをつくと思われている。言葉に気持ちを込め,口先だけでないことを示さなければ,政治家の評価は上がらない。

2021年10月に岸田文雄氏が首相に就任したとき,わたしが注目したのは岸田氏が「聞く力」を強調した点である。菅義偉前首相についてはしばしば発信力の不足が指摘されたが,はたして「聞く力」がウリの岸田首相は的確に発信し,また言動と行動を一致させていけるのか,とても気になった(以下,共同通信社から2021年10月に配信された論説を一部流用)。

1 言行不一致?

岸田氏は自民党総裁選で「自民党のガバナンス改革」を掲げた。党役員の任期制限や中堅・若手の登用を約束したこともあり,岸田氏は「ガバナンス改革」という言葉で「長老支配の排除」を宣言した,と受け取られた。

だが,岸田氏が自民党総裁に就任し,党役員人事が実行されると,「名ばかり改革」の印象が広がった。党をまとめる幹事長には麻生派重鎮の甘利明氏を,政策をまとめる政調会長には総裁選で安倍晋三元首相が支援した高市早苗氏を選んだ。内閣をまとめる官房長官は細田派の松野博一氏で,財相の鈴木俊一氏は麻生太郎前財相の義弟だ。随所に長老の影響力の残存を感じざるをえない布陣となった。

ちなみに,安倍元首相は2012年の自民党総裁選に勝利した後,党員票で安倍氏を上回った対立候補の石破茂氏を幹事長に据えた。岸田氏も「民主主義で最も大切な国民の声を聞く」と言うのなら,対立候補の河野太郎氏を要職に据えるなど,党員・党友票をもっと尊重する姿勢を示さないと,どうしても言行不一致に見えてしまう。

国民に人気がある政治家を取り込む度量はなかった!

その後,2023年に旧安倍・細田派の政治資金問題が起きると,岸田首相は自民党の「ガバナンス改革」に手を付けざるをえなくなった。「国民の信頼回復のため火の玉となって先頭に立つ」と述べた岸田首相だが,火の玉のような燃え尽きる勢いで事を進めている感じはしない。

2 先輩の言葉のパクリ?

さて,岸田氏の政策論の言葉づかいはどうだろう。岸田氏は,自民党総裁選で「令和版所得倍増」や「デジタル田園都市構想」という言葉を使った。言うまでもなく,前者は池田勇人元首相の言葉に「令和版」を付けたものだし,後者は大平正芳元首相の言葉に「デジタル」を付けただけだ(所得倍増はのちに資産所得倍増に変更)。

自分が継承した派閥の先輩たちへの敬意が過剰に反映されている「借り物の言葉」に,国民が心を揺さぶられるとは思えない。自分の言葉で未来を語ってこその政治リーダーではないのか。

借り物の言葉では国民の心は動かせない!

ちなみに,その後もこのパクリ癖は治らず,雇用政策を「三位一体の労働市場改革」と名付けてみたり,2022年の参院選では,剛腕で知られた田中角栄元首相の「決断と実行」を臆面もなく掲げてみせた。

政策のネーミングは,側近の行政官が「前例踏襲が善」とばかりに持ち込んだものかもしれない。それでも,自分の言葉に直して発表するのが政治家らしい振る舞いだろう。繰り返しになるが,リアリティのない空疎な言葉は政治不信の温床になりうるのだ。

3 ふつうの言葉による陳腐化?

いつのまにか,政治的なフレーズが行政官好みの「ふつうの言葉」に変わっている事例もいくつか出てきた。安倍政権・菅政権時代の「人づくり革命」は「人への投資」となり,鳴り物入りの「GO TO TRAVEL」は岸田政権になってから面白みのない「全国旅行支援」に変わった。

保守の政治家が「革命」という言葉を使うのは意外であり,サプライズ効果をもつ。また「GO TO」には「旅行支援」にない「勢い感」が伴う。ちょっとしたことなのだろうが,そういうところに工夫をしないと人は動かない。「ふつうの言葉」で語っただけでは,説明にはなっていても説得には不十分ということがある。その点を熟知して言葉に気持ちを込めていかないと「聞かせる力」にはつながらない。

岸田政権になってから,政策を表す言葉に勢いがなくなった!

ちなみに,岸田首相は「新」もお気に入りらしい。代表格は,経済では「新しい資本主義」,外交では「新リアリズム外交」だろう。前者はいわば「民間活力の導入」の言い換えであり,後者は「理想を掲げながらも現実的に」という意味だというが,理想はあってもリアルに対応するというのなら当たり前の話である。

2021年の総選挙での自民党のスローガンも「新しい時代をみなさんとともに」だった。岸田首相の選出とその後の言葉づかいにフレッシュさを感じた人がどれだけいるかを考えると,これもいささか空疎に響く。「新」を付けただけでは,新しさを感じさせるには十分ではない。少なくとも若い世代の支持をかきたてるだけの魅力は,アピールできていないと言ってよい。

4 通り一遍の返答だけ?

 政権発足から1年と立たないうちから,SNSでは岸田首相の国会答弁が揶揄されるようになった。「検討」という語句が多いことから,「検討使」というあだ名まで付いた。

実際,岸田首相の答弁語録を見ると,「慎重に検討する」「検討に検討を重ね」「検討を加速する」「適切に対応する」「緊張感をもって対応する」「注視していく」「あらゆる選択肢を排除しない」「慎重に検討していく」 「慎重に対応する」 「慎重に議論を重ねる」 「あらゆる選択肢を排除せず対応」 「高い緊張感を持って注視する」 「丁寧な説明を尽くしたい」といった曖昧なフレーズが目白押しである。このうち「丁寧な説明」は2022年の流行語大賞にノミネートされた。2024年になっても使われ続けており,子育て支援金問題や沖縄基地問題に関する答弁にたびたび登場している。

「検討」「適切」「丁寧な説明」といった無難な言葉ばかり使う政治家に大改革はできない!

「検討する」は,「当面は何もしない」が「ちょっと考えてみる」というニュアンスを含む。下手をすると相手に「やる気のなさ」を感じさせてしまう危険なフレーズだ。よく解釈しても,官僚的答弁であることに変わりはなく,政治家らしい思い切った判断ができない人に見えてしまう。

むかし,小泉政権を「劇場政治」だと批判する声があった。たしかにそれはそれで問題かもしれないが,かといってドラマチックなセリフも振る舞いもない政治が時代を変えるエネルギーを発揮できるとは,とうてい思えない。