プーリア・サミットは高評価!

2024年6月13日から15日にかけてイタリアで開催されたプーリア・サミットは,首脳コミュニケを発表して閉会した。また,付属文書として,今回イタリアが主要テーマと定めたアフリカ・地中海地域の発展について,「アフリカにおける成長のためのエネルギー」イニシアティブに関する共同声明が採択された。さらに,ゲスト国や国際機関の首脳を交えた拡大会合の議長サマリーが初めて取りまとめられ,アフリカと地中海・人工知能・エネルギーの3テーマについて,サミットの場で幅広いコンセンサスが得られたことが発表された。

G7のコミュニケのほかに「拡大会合の議長サマリー」が初めて発表されたが,新興国・途上国の重要性が増している以上,これは慣例化するかもしれない!

コミュニケは議論された26の政策分野ごとに小見出しが付けられている。国際政治問題や国際経済問題に関するテーマだけでなく,保健,移民,ジェンダー平等といった社会問題に関連した語句も見られ,例年通り幅広いテーマが議論されたことが見て取れる。

コミュニケは英語では268段19795語で,歴代サミットでは11番目に長い文書となった。語数から見てコミュニケで最も多くを占めたのは「エネルギー・気候・環境」の部分で15.7%だった。これに続くのがウクライナ支援とインド太平洋のそれぞれ7.9%で,その後,AI・科学技術7.0%,世界経済6.1%,持続可能な開発・食料安全保障・インフラ投資5.7%,経済の強靭性・経済安全保障5.4%と続く。見出しが小分けにされた結果こうなったものなので,経済関係のコミットメントが今年は少なかった,などということはない。

カナダ・トロント大学のG7研究チームによれば,国際公約(コミットメント)の数は469で,前年(2023年)の広島サミットのコミュニケが約700のコミットメントを盛り込んだことを思うと,やや少なかったという印象だ。最も多いのはウクライナ支援で約1割となる43を数える。そのほか,エネルギー52,貿易51,開発44,移民34,デジタル経済33,ジェンダー26,保健24,環境24などとなっている。

カナダ・トロント大学のG7研究チームを率いるジョン・カートン名誉教授はプーリア・サミットの評価を「A-」とした。前年の広島サミットが異例の「A」評価だったので,1段落ちの感じにはなったが,広島サミットが珠玉の出来だったので,「A-」でも50年の歴史の中ではじゅうぶん高いランクに位置づけられたと言ってよい。ロシア資産を活用したウクライナ支援のほか,化石燃料からの脱却について具体策が示されたことなどを評価したのだろう。

広島サミットに「A」を付けたジョン・カートン名誉教授は一段低い「A-」と評価。妥当な線だ!

日本の研究者としては,広島サミットであれだけ力を入れた核軍縮に関する文言がプーリアでどのような扱いになるかも気がかりな点だった。プーリア・サミットのコミュニケは「広島ビジョン」に触れ,目指すべきが「核なき世界」であることを確認した。

ちなみに,プーリア・サミットのコミュニケには,「広島」への言及が軍縮以外にも5か所出てくる。広島での約束に沿ってロシアの化石燃料への依存度を下げたことについて1か所,広島AIプロセスについて2か所,経済安全保障で1か所,ジェンダー平等で1か所である。広島サミットで合意されたことが翌年のサミットにも多方面で引き継がれたことを示しているだけでなく,サミットという慣例的に毎年開催されているフォーラムがじつは継続的なメカニズムになっていることの証左にもなっている。

コミュニケには「伊勢志摩」への言及もあった。サイバーセキュリティに関する箇所で「伊勢志摩サイバーグループ」に触れ,活動と組織のバージョンアップを図るとしたのである。「伊勢志摩」の名前が付いた組織体がなくなるのは残念だが,これまで8年間,日本の地名が付いた下部機構(専門家グループ)がサミット・メカニズムのなかで役割を果たしてきたことを誇りに思うべきなのだろう。

すでに述べたように,プーリア・サミットではインド太平洋の国際政治的課題についても多くの文言が当てられた。中国については,インド太平洋のセクションで,その非市場的政策や慣行が有害な過剰生産をもたらし,各国の労働者や産業に悪影響を与えていることを問題視した。また,中国が軍民両面で利用可能な物資をロシアに供与しているとして,移転停止を要求した。中国との対話の必要性にも触れてはいるが,基本的にはG7は中国を非難し警戒する姿勢をはっきりと示したと言ってよい。

中国に対しては,ロシアへの物資支援のほか,非市場的な過剰生産も批判!

今回,イタリアはアフリカ・地中海や移民をサミットの中心テーマに据えた。そのプーリア・サミットで核不拡散やアジア太平洋問題が軽視されなかったのだから,日本外交は「やるべきことをやった」と評価してよいのだろう。