記念写真の立ち位置は決まっている!

G7サミットの公式写真について,世界で一番多く取材を受けてきたのはこのわたしだ,と確信をもって言える。なにしろ,そんなことをいかにも重要なことであるかのように尋ねてくるのは,日本の報道関係者しかいないからだ。テレビ局からの取材が中心だが,いわゆる「情報番組(ワイドショー)」だけではない。れっきとしたニュース番組でも,わたしはパネルを使った説明をなんどもさせられてきた。

首脳が一列に並んで記念写真をとるのは,G7の結束を世界にアピールするねらいがある。写真はメディアを通じて世界に配信されるからだ。ところが,日本の「視聴者」はそれを見て,なぜ日本の首相がいつも端っこのほうにいるのか,まず疑問に思うらしい。しかも,1983年のウイリアムズバーグ・サミットで中曽根首相が議長だったレーガン大統領の横に立ったのがよほど印象的だったのだろう。日本の首相はもっと真ん中にいてよいはずだなどと,首相の力量をはかるようなコメントをする人まで出てくる始末だ。

記念撮影の首脳の並び順を気にするのは日本のマスメディアだけ!

しかし,当たり前の話だが,どの首脳がどこに立つかは外交プロトコル(儀礼)で決まっている。そうでないと,目立つことをいとわない政治家たちが中央の奪い合いを始めてしまうだろう。

まず,議長国首脳が真ん中に立つ。ほかの首脳は,国家を対外的に代表する国家元首かどうかが,中央近くに立つための基準となる。周知のとおり,大統領は国家元首だが,首相はちがう(首相がいる国では国王か形式的な大統領が国家元首)。なので,なったばかりの大統領でも首相たちよりは内側に立つことになる(立ち位置を間違えないように,国旗などの印が付けられていることが多い)。また,格が同じなら在任期間の長い順に内側になる。一番外側は国家代表ではない欧州連合(EU)の首脳2人だ。

現在,サミットに参加する大統領はアメリカ大統領とフランス大統領だけである。したがって議長が首相の場合,その左右には必ず米仏2人の大統領が立つ。そして,その外側に首相が在任期間順に並ぶ。したがって,首相の交代が毎年のように起きていた時期,日本の首相は,その力量にかかわらず,スミッコに立つほかなかった。

首脳の立ち位置は外交プロトコル(儀礼)にのっとって決められる!

さて,例外中の例外となった1983年のウイリアムズバーグ・サミットでの中曽根首相の行動だが,これを許したのは議長となったアメリカのレーガン大統領のサミットについての「思い」だった。官僚による準備を少なくして自由な雰囲気で首脳だけで討論するというサミット発足時のねらいを思い起こすかのように,レーガン大統領はあらかじめ議題を固定せず,事務方には宣言文を事前に詰めるなと指示を出した。それもあって,外交儀礼にとらわれない自由な雰囲気での写真撮影も実現したのだろう。

中曽根首相は自伝で,レーガン大統領と話をしながら撮影場所に向かい,レーガン大統領のそばに意識して居続けたと述べている。愛国心からの振る舞いだったという。

「日本は,国連への分担金,拠出金ではアメリカに次ぐ巨額な支出を負担しています。それなのに,サミットでいつも日本の首相が隅に立つのでは税金を出している国民に申し訳ない。出発前から私はそう思っていました。ですから,この時,私は真ん中に立ったのです。これもまた愛国心なのです」(中曽根康弘『自省録』新潮社)

ウイリアムズバーグ・サミット(1983年)

言うまでもなく,今では愛国心の有無にかかわらず,勝手に中央付近に立つのは許されない。中曽根首相の行動を手本にすると外交儀礼に反する無礼な振る舞いになる。しかも内側に立つべきイギリスのサッチャー首相を押しのけたのだから,レディ・ファーストの文化をもつ人びとにはきわめて失礼に見えたことだろう。ちゃんと報道すべきはこっちのほうだ。

シーアイランド・サミット(2004年)

なお,サミットでは公式写真のほかに,首脳たちが一緒に歩いたり,歓談したりする姿も撮影される。2004年にシーアイランド・サミットでは,海岸沿いの散歩の際,小泉首相が首脳たちの先頭・中央寄りを歩く写真が公開された。これもアメリカでの出来事なのだから,アメリカでの開催が特殊なのだということはできる。ただ,そうした特別なチャンスを活かすには,やはり尋常ならざる「目立ちたがり屋の気質」が必要なのかもしれない。 

わたしのブログでは「情報政治学」に分類すべき話だが,テレビ・デモクラシー全盛期の首相たちのなかで,上記の気質をもち,写真写りも意識できた中曽根首相と小泉首相は,長期政権を維持できたことで知られている。