G7サミットは2024年に50周年を迎える。世間では,G7合計の経済力が世界経済に占める割合が低下してきていることを理由に,G7の影響力の低下を指摘する声が多い。
だが,G7はとうの昔に「先進国の経済政策の調整だけ」を役割とするメカニズムではなくなっている。ゆえに,G7がなぜ続いているのか。その存在意義は基本的には政治的に説明されなければならないものだと思う。
経済力だけでいえば,新興国・途上国の経済成長とともに,G7の力はたしかに相対的に低下してきている。だが,経済力さえあれば,人権を抑圧し,あるいは独裁的指導者がいる国があっても,世界はこれを歓迎すべきなのだろうか?
言うまでもなく,G7の国ぐにでは,自国の指導者の悪口をさんざん言っても毒殺されることはないし,いつの間にか消息不明になるようなこともない。権威主義的な国が国際的に影響力を増すなか, G7ががんばらないと,自由,民主政治,人権,国際法などを尊重する政治文化は危機にさらされる。G7の存在意義は,まずもってそうした政治的価値観の良し悪しから理解されなければならない。

G7の存在意義は政治的価値観から理解しないと!
それに国際連合の機能不全もある。日本やドイツといった国際的に影響力を持つ国の発言力はいっこうに高められない。小国の多数による決定には現実的有効性の点で限界がある。組織が硬直した国連を補完して,紛争に対処できるメカニズムは何か? いかに不十分であっても,G7の存在意義はここにも見出されるべきだ。

国連では中露の独善は抑えきれないのだから,
G7を中心とした政治的団結には存在意義がある!
ちなみに,別稿でも書いたことだが,G7はインドなどを加えてG10などに発展していく可能性を秘めている。少なくとも,国連安保理が常任理事国を現在の5から10に増やすより,G7がG8やG9やG10に変わっていくほうが可能性は高いはずだ。新たに加わる国にもしインドが入るのなら,経済力だけ見てG7は衰えていると論じる人たちはどうコメントするのだろうか?
