大事なのは政治制度の改革!

政治のあり方を語るさい,人は「もっともらしいこと」を言いすぎる。政治家だけではない。評論家も,ジャーナリストも,そして有権者も,こぞって政治を正そうとするかのような発言をする。

政治不信はなくさなければならない。
国民目線に立って政治をしてほしい。
政策本位の議論をしてほしい。

なんの申し分もないこうした言説に,私はもうウンザリしている。こうした意見がまちがっているとは思わない。だが,美辞麗句にはありがちなこととはいえ,こうした政治的意見はあまりに表面的すぎる。正義を語れば政治がよくなるわけではない。

政治家ならば,「国民から信頼される政策中心の政治」のような抽象的・理想的な言い回しを多用しても仕方ないのかもしれない。かれらにとっては大言壮語も「仕事のうち」だ。

しかし,学者や評論家やジャーナリストといった「有識者」まで一緒になって,「国民目線」や「政策本位」を声高に唱えている姿はいささか滑稽である。こんな当たり前のことが,なぜ日本では崇高な政治理念のように語られ続けているのか。そこに疑問の目を向けるべき「有識者」が,ありふれたフレーズをなんの疑問もなく繰り返していて政治はよくなるのか。

正義を語れば政治がよくなるわけではない!

世間の政治談議に隔靴掻痒の感があるのは,おそらく日本の政治の構造的欠陥に迫る勢いが感じられないためかもしれない。一票の格差を当然視する「格差選挙制度」。ねじれによる政治停滞をもたらしたり,同じ議論を繰り返すだけの二院制。国民の支持の有無にかかわらず政党政治の都合で首相の座を維持・変更できる間接民主制。どの政党の政策がよいかを論じるだけでなく,こうした政治制度の大胆な改革が日頃からもっと論じられてもよいはずだ

たしかに政権交代は大きな政治変革のチャンスである。だが私たちは,おそらく政権交代にも期待しすぎている。政権交代は政治改革の万能薬ではない。

エースの交代や攻守の交替が起きるのは,野球でも政治でも当たり前である。当たり前のことが起きるようになったからといって,それで安心してよいはずはない。どうすればもっと真剣なプレーが見られるようになるのか。私たちは,ゲームのルールの修正に日頃からもっと目を向けるべきではないだろうか。

政治に不満があるのなら政治制度と政治風土の善し悪しから再検討してみよう!