2024年10月1日,新たに自民党総裁に就任した石破茂氏が総理大臣に就任し,石破内閣が誕生した。
その特徴は? ということで取材を受けた。コメントは共同通信から配信され,一部の地方紙等で2日朝刊に掲載されたが,説明不足・言葉足らずの点があったので,ここで補足しておきたい。
指摘したのは3点である。
第1は,派閥からの推薦がなかったことから,首相の意向が強く反映できたこと。
第2は,自民党主流でない石破氏の周囲にいた人たちが多いので当然かもしれないが,地方政界出身だったり,他党(さきがけ,新進党,みんなの党など)にいたことがあったり,選挙に弱かったり,発言で物議を醸した経験があったりと,ようするに自民党的な模範生とは言えないタイプが目立つこと(総裁を争った林官房長官や加藤財務相を除いて)。
第3は,総選挙が間近に控えているにもかかわらず,自身がこだわりを持っている政策を重視した結果,地域的なバランスへの配慮に欠けたのではないか,ということ。
第1の「首相の意向が反映されやすくなった点」は,批判すべきことではない。諸外国でも(またあらゆる社会組織でも)トップリーダーが自分の目的の実現を願って,最良と思う人事を断行するのは普通のことだ。気心知れた側近を重用するのも珍しいことではない。
それに,これまでの組閣では「派閥均衡」や「順送り人事」という言葉での批判が常だったことを思えば,当たり前の側近重視を「論功行賞」だの「お友だち内閣」だのと非難するのは適切ではない。党内融和や挙党態勢を名目に,派閥から押し付けられた(しばしば無能な)大臣が多ければ「よい内閣だ」と言えるわけもない。

石破首相は,自身の意向をためらいなく発揮して,組閣をした。もし「派閥なき自民党の時代」が始まったとすれば,前例として語り継がれる「首相主導人事」だったと言えるはずだ!
9人が立候補した自民党総選挙で自分の推薦人になってくれた20人から6名の大臣を任命した。さらに官房副長官2名(衆参)と安保担当の首相補佐官も選び,結果的に石破氏の推薦人の半数以上が首相の周りで働く体制が整えられた。
しかも,6名の大臣は石破首相が重視している政策分野に配置した。具体的には,地方創生に関係した省庁に5人,すなわち伊東地方創生相,村上総務相,小里農水相,赤澤経済再生相(石破内閣は地方の活性化こそ重要な経済政策としているため),平デジタル相(岸田内閣のデジタル田園都市構想を多少は引き継ぐため)が任命され,また安保関連では推薦人代表の岩屋氏を外相に据えた。ちなみに防衛相のほうは反安倍発言で知られる旧岸田派の中谷氏を任命したが,岩屋氏も中谷氏も,そして石破首相も,さらに自民党の政策責任者である政務調査会長になった小野寺氏も元防衛相だ。
じつは,わたしは共同通信から取材があったとき,とっさに「地方創生シフト内閣」と名付けてしまい,防衛関係にもこだわりの人事をした点を言葉に込めなかった。そこであわてて持論の地方創生と安全保障を重視することを「誇りをもって示した」という意味で「持論誇示内閣」と名付け直したのだが,どうも締切に間に合わなかったようだ。

石破内閣は,持論の地方創生と安全保障を重視することを「誇りをもって示した」という意味で「持論誇示内閣」に見える!
ところで,メディアの組閣報道では依然として旧派閥を示すものが多かったが,これは誤解を招く。入閣した浅尾氏や武藤氏は「麻生派」とは言っても河野氏の推薦人だった。巷間いわれているように菅氏と麻生氏の争いがあったとすれば,菅氏側の人たちだ。
今回の総裁選を受けて非主流派的な扱いに甘んじることになった高市・小林・茂木各氏に近い議員は,ひとりも入閣していない。一回目の投票でも決選投票でも高市氏に入れたことがわかっているのは城内経済安全相だけだが,城内氏は自民党幹事長になった森山氏の派閥にいたので,「石破・森山体制に反対する議員も入閣した」とはならない。
ついでに言えば,神奈川県を地盤とする閣僚が多かったのは,菅氏,小泉氏,河野氏ら菅氏側の影響力があったからだろう。かれらは,以前には「小石川連合」などとも呼ばれ,石破自民党では主流派になるのだから,入閣を依頼する(あるいは石破首相が忖度する)こともあったかもしれない。ただし,入閣した議員の担当は必ずしも石破首相が力を入れているとは言えない分野だった(三原こども相,浅尾環境相,武藤経済産業相,坂井国家公安委員長)。
それでも,都市部の有権者にとっては幸いなことに,かれら神奈川4名に加え,東京1名(平デジタル相),埼玉1名(牧原法務相)と計6名の首都圏出身大臣が誕生した。反面,大阪市,名古屋市,札幌市,福岡市,神戸市,京都市などの大都市を地盤にする大臣はいない。地方創生重視の内閣だから仕方ないのかもしれないが,総選挙では都市部の無党派層の支持の喚起も重要だ。自民党が弱い愛知や大阪の自民党支持者には,多少なりとも不安・不満が残ったのではないか。
